「福祉」と聞いて、なんだかむずかしそう、堅苦しそうというイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。
実は私もそのひとりでした。
大学で福祉を学んだものの、一般企業に就職し、編集の仕事をしていた私が再び福祉の世界に足を踏み入れたのは、コロナ禍がきっかけでした。
障害者施設でのアルバイトを始めたことで見えてきた「静かなリアル」に、私は次第に惹かれていったのです。
就労継続支援B型事業所——。
耳慣れない方も多いかもしれませんが、これは障害のある方が自分のペースで働ける場所のこと。
今日はこの「B型事業所」を通して見える福祉の世界を、等身大の視点でお伝えしていきます。
“B型事業所”ってどんな場所?
「働く」の再定義——スキルよりも大切なこと
「働く」とは何でしょうか?
多くの人は「収入を得ること」「社会に貢献すること」「自己実現の場」など、様々な答えを持っているでしょう。
就労継続支援B型事業所では、この「働く」という概念が少し違った形で存在しています。
ここでは、一般企業での就労が難しい方々に、働く機会と場所を提供しています。
障害や難病などの理由で一般企業で雇用されることが難しい方々が、社会での役割と自立を感じながら働ける場がB型事業所なのです。
他の就労支援と大きく異なるのは、B型事業所では雇用契約を結ばないという点。
「就労継続支援B型は一般企業や雇用契約に基づく就労が困難な人が対象で、雇用契約は結ばず、作業に応じた工賃が支払われます」
これが意味するのは、「働く」を再定義する自由があるということ。
生産性やスキルのみを評価するのではなく、その人の「存在」そのものに価値がある環境を作ることができるのです。
編集者として働いていた頃、私は「成果」や「スキル」で評価される世界にいました。
東京都小金井市に拠点を置くあん福祉会のような団体では、精神障がい者の自立支援を目的とした就労継続支援B型事業所を運営し、利用者一人ひとりの個性を尊重した支援を行っています。
でもB型事業所で出会った利用者さんたちは、私に「働く」の新しい意味を教えてくれました。
それは、誰もが自分のペースで、自分らしく社会とつながることの大切さです。
毎日のリズムと空気感:支援の現場から見えるもの
朝9時、B型事業所の扉が開くと、利用者さんたちが徐々に集まってきます。
「おはようございます」「今日も頑張りましょう」
穏やかな挨拶が交わされる朝のひととき。
ある人は黙々と作業に取り組み、ある人はスタッフと会話を楽しみながら、またある人は少し離れた場所で自分のペースを保ちながら過ごしています。
B型事業所の一日は、そんな多様なリズムの集合体なのです。
「就労継続支援B型事業所での仕事は、利用者一人ひとりの個性を把握していくことが求められます。難病を抱えた方、障害のある方のサポートは、コミュニケーションが難しいこともあります」
しかし、その空間には不思議な調和があります。
誰も急かさない。誰も比較しない。それぞれの「今日」を大切にする——そんな空気感です。
ある日の午後、私はパソコン作業をしながら、ふと窓の外を見ていた利用者さんに声をかけました。
「何か見えますか?」
彼は少し考えてから「雲の形が面白いなって」と教えてくれました。
その日から私も、時々空を見上げる習慣ができました。
支援する側とされる側、という単純な関係ではなく、お互いの存在から学び合う関係性。
それがB型事業所で日々感じる光景です。
利用者と支援員の関係性——ともにあるということ
B型事業所では、支援員と利用者の間に特別な関係性が生まれます。
それは、単なる「支援する・される」という一方通行の関係ではありません。
「就労継続支援B型の職員は、利用者さんの笑顔を見たり、ご家族から感謝の言葉をもらったりする機会もあります。コミュニケーションに苦労することがある分、利用者さんとの信頼関係ができて「ありがとう」と言ってもらえたときは、「頑張って良かった」とやりがいを感じられるでしょう」
私がB型事業所で働き始めて最初に学んだことは、「待つ」ということでした。
自分のペースで相手に踏み込まず、その人の心が開くのを待つ。
障害特性によって言葉でのコミュニケーションが難しい方もいます。
そんなとき、一緒に座って黙って作業をする時間が、実は最も大切なコミュニケーションだったりするのです。
「ともにある」ということ。
それは同じ空間で、お互いの存在を認め合いながら過ごす時間のことです。
B型事業所では、そのシンプルな関係性が、実は最も価値あるものとして尊重されています。
利用者のまなざし、支援員のことば
「ここにいていい」と思える空間づくり
B型事業所で最も大切にされているのは、「ここにいていい」と誰もが思える空間づくりではないでしょうか。
「就労継続支援B型事業所を利用することで、自宅やクリニック以外にも居場所ができます。活動範囲が広がることで生活リズムも少しずつ整えながら、自分に合った仕事や生産活動ができます」
ある支援員は私にこう話してくれました。
「利用者さんが毎日通いたいと思える場所。それが私たちの一番の目標なんです」
居場所があるということ。
それは誰にとっても大切なことですが、障害を持つ方々にとっては特に重要な意味を持ちます。
社会の中で疎外感を感じることも少なくない彼らにとって、B型事業所は「自分らしくいられる場所」なのです。
私が取材で訪れたあるB型事業所では、フリースペースを設け、その日の体調や気分に合わせて作業するかしないかを選べるようにしていました。
「今日は調子が悪いから、ここでゆっくりしていていいよ」
そんな言葉をかけられる場所があることで、利用者さんは安心して通い続けることができるのです。
小さな変化に気づくことの意味
B型事業所での支援で特に重要なのは、利用者さんの小さな変化に気づく目を持つことです。
「今日は少し元気がないな」
「いつもより集中して作業に取り組んでいるな」
「新しいことに挑戦しようとしているな」
そんな日々の小さな変化に気づき、適切な言葉をかけることが、支援員の大切な役割です。
ある日、いつも黙々と作業に取り組んでいた利用者さんが、初めて自分から「これ、手伝ってもらえますか」と私に声をかけてくれました。
一見するとごく普通の出来事ですが、彼にとっては大きな一歩。
支援員のAさんは「すごい変化ですね。彼が自分から声をかけるのは初めてかも」と教えてくれました。
「利用者が少しずつ課題を克服して、暮らしを前向きにとらえていくとき、信頼関係が築けたことを実感できます」
日常の何気ない瞬間に潜む小さな変化。
それに気づき、言葉にし、共に喜ぶことが、B型事業所の支援の本質なのかもしれません。
三浦さんが出会った”印象的な一歩”たち
私がこれまで取材してきた中で、特に印象に残っている「小さな一歩」をいくつか紹介します。
1. 言葉の少なかったKさんのスピーチ
- 入所当初はほとんど言葉を発しなかったKさん
- 2年後の夏祭りで、自ら希望して司会進行を担当
- 緊張しながらも最後まで務め上げた姿に、全員から拍手
2. パン作りに挑戦したYさん
- 新しいことへの不安が強く、いつも同じ作業を選んでいたYさん
- 事業所で始まったパン作りプロジェクトに興味を示す
- 最初は見学だけのつもりが、今では一番腕の立つメンバーに
3. 外出が苦手だったTさんの変化
- 人混みに強い不安を感じ、外出を避けていたTさん
- マルシェ出店の準備作業から少しずつ関わり始める
- 当日は短時間だけ店番を担当、達成感に満ちた表情が印象的
これらの「一歩」は、一般社会では小さな出来事かもしれません。
しかし、その人自身の人生においては、とても大きな挑戦であり成長なのです。
B型事業所の魅力は、そんな「一人ひとりの物語」が紡がれていくことにあります。
Z世代×福祉:等身大でつながるために
SNSで伝える、「現場」のリアル
Z世代の私たちにとって、SNSは日常のコミュニケーションツールであると同時に、世界を知るための窓でもあります。
「Z世代では生活とSNSが密接に関係しており、人とつながること、面白いと感じたことや感動を共有することを大切にしていることから普段から情報収集やコミュニケーションにSNS利用しています」
福祉の現場を伝える手段として、SNSは今や欠かせない存在です。
私自身もInstagramやnoteを通じて、B型事業所での日常や出会った方々の小さなエピソードを発信しています。
ある日、施設で利用者さんが作ったクッキーの写真をInstagramに投稿したところ、「どこで買えますか?」「応援したい」という反応が返ってきました。
福祉施設の商品というと、「応援のために買う」というイメージがありましたが、今の若い世代は「良いものだから買いたい」という視点で見てくれています。
このように、SNSを通じて福祉の現場と若い世代をつなぐことで、新しい関係性が生まれています。
「SNSで圧倒的な影響力を持つインフルエンサーを活用することで、効果的にZ世代にアプローチすることができます。Z世代は日常的にInstagramやTikTokなどのSNSを使って情報収集を行っている」ため、福祉の魅力を伝える上でもこうしたプラットフォームの活用が効果的です。
漫画・ルポ・日常から学んだ”語り方”
私が福祉の現場を言葉にする際に意識しているのは、「固い言葉を使わない」ということ。
専門用語や難しい概念を並べるのではなく、日常の言葉で、見たもの・感じたものをそのまま伝えることを大切にしています。
この語り方は、幼い頃に読んだ漫画『20世紀少年』から学びました。
複雑な社会問題も、「誰か一人の視点」を通して見ることで、読者の心に届くのです。
また、石井光太さんのルポルタージュからは「現場の空気感」の伝え方を学びました。
その場所にいるような臨場感と、そこにいる人々の息遣いが伝わる文章は、読む人の想像力を刺激します。
そして何より大切なのは、「等身大であること」。
飾らない自分の言葉で、感じたままを伝えること。
それがZ世代にとっての「信頼できる情報」なのだと思います。
「Z世代は自分が知りたい情報に適した媒体で能動的に検索をし、必要な場合はそこで掲載されているリアルな他人の意見を吸収することで、購買などの決断に至る」
このようなZ世代の特性を踏まえると、福祉の現場を伝える際にも「リアルな声」が何より大切なのかもしれません。
同世代に届けたい、「かっこいい福祉」のかたち
「福祉ってかっこいい」
この言葉を聞いて、違和感を覚える人もいるかもしれません。
しかし私は、福祉の現場で働く人たちの姿を見て、その言葉がぴったりだと感じています。
利用者さんの小さな変化に気づき、寄り添い、時に一緒に悩み、共に喜ぶ。
そんな支援員の方々の姿は、確かに「かっこいい」のです。
Z世代にとって「かっこいい」とは、SNSでの高評価や多くのフォロワーを持つことではなく、自分らしい価値観を持ち、それを大切にしながら生きることではないでしょうか。
「これからの文化や消費を担うと言われているZ世代の価値観については、メディアでも多くをにぎわせています。しかし、SNS上で着飾り脚色された彼らから等身大の姿を見ることは困難を極めます」
だからこそ、福祉の現場から見える「等身大の姿」を伝えることが大切だと考えています。
かっこつけず、飾らず、時にはうまくいかないことも含めて。
それが、同世代に届く「かっこいい福祉」の形なのではないでしょうか。
書くという支援——言葉で照らす存在の価値
メモアプリに残る、現場の”いま”
私のスマホのメモアプリには、B型事業所で出会った人々の言葉や、ふと感じた瞬間の記録がたくさん残っています。
「今日のお昼ごはん、美味しかったね」
「この色、綺麗だと思いませんか?」
「少しずつだけど、慣れてきたかも」
一見すると何気ない言葉たち。
しかし、それぞれの言葉には、その人の生活の断片や、小さな成長の記録が詰まっています。
私がライターとしてB型事業所に関わる中で意識しているのは、この「日常の一コマ」を逃さず記録すること。
ノートではなくスマホのメモを使うのは、より自然な会話の流れの中で、言葉をそのまま残したいからです。
大切なのは「記録」ではなく「記憶」であり、その場の空気感や表情、声のトーンまで含めて覚えておくこと。
それが後の文章に命を吹き込むのだと思います。
声にならない想いを、文章にするということ
B型事業所で働く方々の中には、自分の気持ちや考えを言葉にすることが難しい方もいます。
彼らの「声にならない想い」を、どう文章にしていくか——。
それが私のライターとしての大きな挑戦であり、使命でもあります。
たとえば、言語での表現が難しいAさんは、絵を描くことが好きでした。
ある日、Aさんが描いた絵を見て、支援員のBさんが「この青い色、Aさんの落ち着きたい気持ちを表してるのかな」と言ったとき、Aさんはゆっくりと頷きました。
そんな瞬間に立ち会い、それを言葉にすることも、私の仕事のひとつです。
「障がいの特性で作業内容の理解が難しい利用者さんに対し、イラストで説明するなど、理解してもらうための工夫を行うことが、職員の役割です」
言葉だけでなく、絵や音楽、身体表現など、様々な方法でコミュニケーションを取ることの大切さを、B型事業所で日々学んでいます。
そして、そんな多様なコミュニケーションの形を文章という形で残し、伝えていくこと。
それもまた、ひとつの「支援」なのかもしれません。
読まれることで変わる”福祉”の輪郭
私がB型事業所での出来事を書き、それを誰かが読む。
その循環の中で、少しずつ「福祉」の輪郭が変わっていくと信じています。
ある日、noteに投稿した記事に「初めて福祉の現場を身近に感じました」というコメントをいただきました。
また別の日には、「記事を読んで、近所のB型事業所のイベントに行ってみました」という報告も。
一人の視点から見た小さな物語が、誰かの行動を変えるきっかけになる。
そんな可能性を感じると、書くことの価値を再確認します。
「福祉」という言葉の向こう側には、一人ひとりの人生があり、日々の喜びや悩みがあります。
その「普通の日常」を伝えることで、福祉と一般社会の境界線が少しずつ薄くなっていく。
そんな小さな変化を、これからも言葉の力で作り出していきたいと思います。
まとめ
- 「むずかしそうな福祉」が、ぐっと近くなるとき
福祉の現場、特にB型事業所の日常を知ることで、「福祉」というむずかしそうな言葉が、より身近に感じられるのではないでしょうか。
そこには専門知識や難しい理論ではなく、ただ「人と人とのつながり」があるだけなのです。
- 小さな一歩の積み重ねが社会を変える
B型事業所では、日々小さな挑戦と成長が積み重ねられています。
利用者さんの「今日できたこと」、支援員の「気づいたこと」、そして私たち伝える側の「感じたこと」。
それらの小さな一歩が集まって、少しずつ社会を変えていくのだと思います。
- あなたのまなざしも、誰かの支えになる
最後に伝えたいのは、福祉は「特別な人」がするものではないということ。
あなたが関心を持ち、知ろうとすること自体が、すでに大きな支援になっています。
B型事業所の商品を手に取ったり、イベントに参加したり、あるいはSNSで情報を広めたり。
そんな小さな行動の一つひとつが、誰かの日常を支える力になるのです。
「福祉」というむずかしそうな言葉の向こう側に見える景色は、実はとてもシンプルです。
それは、互いを認め、支え合いながら、共に生きる社会。
B型事業所からの小さな一歩が、そんな社会づくりの大きな力になることを、これからも伝えていきたいと思います。
最終更新日 2025年4月22日